現代の製造業は、熟練人材の不足やサプライチェーンの不安定化といった、多くの構造的課題に直面しています。このような厳しい経営環境の中、勘や経験だけに頼る従来の手法から脱却し、データに基づいた客観的な意思決定へとシフトすることが、企業の競争力を左右する鍵となっています。
最初に、Gartner社の調査レポートを基に、製造業におけるデータ利活用の最前線を見ていきましょう。さらに、業界をリードする企業の具体的な3つの成功事例を交えながら、スマート・マニュファクチャリングを実現するためのヒントをお届けします。
製造業のリーダーたちは、どのテクノロジを製造現場に最優先で導入すべきと捉えているのでしょうか。2025年版Gartner社レポート「スマート・マニュファクチャリングを導く製造業のテクノロジ投資戦略」の調査結果に基づき、ご説明します。
ビジネス目標達成において最も重要なテクノロジのユースケースとして、実に81%ものリーダーが「プロセス改善のためのD&A」を挙げています。これは、「予知保全のためのIIoT」(71%) や、「業務改善のための高度なロボティクス/AGV」(67%)を大きく引き離す結果です。(※ 図1を参照)
(図1)
Gartner®, e-book “製造業のテクノロジ投資戦略 - 同業他社の導入状況と成功要因を、今すぐチェック” (スマート・マニュファクチャリングを導く製造業のテクノロジ投資戦略” Kentaro Shikanai, 2025年8月11日
私は、製造現場では日々膨大なデータが生成されており、IoTの活用によってこれらのデータへのアクセスが飛躍的に容易になっていると考えています。こうしたデータを分析・活用することこそが、生産性の向上やコスト効率化を実現する上で、今後ますます重要な役割を担うと認識しています。
しかし、重要度の認識と実際の導入状況にはギャップが存在します。「プロセス改善のためのD&A」は72%の企業が導入済み、または現在導入中です。一方で、「持続可能性追跡のためのD&A」(重要度66%に対し、導入済み・現在導入中は64%) や「業務改善のための高度なロボティクス/AGV」(重要度67%に対し、導入済み・現在導入中は57%) といった、重要度は高いものの導入が遅れている領域も存在します。(※ 図2を参照)
(図2)
Gartner®, e-book “製造業のテクノロジ投資戦略 - 同業他社の導入状況と成功要因を、今すぐチェック” (スマート・マニュファクチャリングを導く製造業のテクノロジ投資戦略” Kentaro Shikanai, 2025年8月11日
データ利活用は、単なるトレンドではありません。データを活用することで、製造業は具体的かつ測定可能なメリットを享受できます。以下の3つはデータ利活用に取り組んだ結果、得ることができる主なメリットです。
生産性の向上: 各工程の進捗やリードタイムをデータで可視化・分析し、ボトルネックを特定。無駄な作業を削減し、生産スピードを向上させます
品質の安定化: センサーデータから異常を早期に検知し、不良品の発生を未然に防止。万が一問題が発生しても、トレーサビリティデータから迅速に原因を究明し、再発を防ぎます
コストの削減: 設備の稼働率を最適化し、エネルギー消費を抑制。また、需要予測の精度を高めることで在庫を最適化し、キャッシュフローを改善します
データは、経営層と現場の間に存在する情報ギャップを埋める共通言語として機能し、組織全体での迅速かつ合理的な意思決定を可能にします。
データアナリティクスの重要性とその主なメリットを確認しました。
次に国内の大手製造業がデータ利活用に取り組み、成功した事例を紹介します。
事例1:プロセス改善のためのD&A(大手化学素材メーカー)
課題: ある大手化学素材メーカーでは、ガラス製造工程において多数のパラメータが複雑に絡み合い、品質低下の原因究明が困難でした。熟練技術者の経験と勘に頼る部分が多く、技術の継承も課題となっていました
解決策: 大量の時系列データを解析できるAI技術を導入。従来は見過ごされていた、あるいは想定外だった「品質に影響を与える特定の条件や因子」をデータ分析によって発見しました
成果: 長年の課題であった品質問題の根本原因がデータによって解明され、品質向上への具体的な道筋が立てられました。これにより、生産性の向上と、属人化からの脱却も実現しました
事例2:持続可能性追跡のためのD&A(大手化学メーカー)
課題: 世界的な原料高騰や急激な円安といった経済環境の変動があり、収益性だけでなく、環境負荷(GHG排出量)も考慮した「両輪経営」の必要性がありました
解決策: 環境負荷を含むESG(環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の略称)のパフォーマンスデータを一元化し、IR情報の開示を行いました
成果: サプライヤーマネジメント業務の効率化や燃料費や電力コストの削減につながり、収益を向上できました。さらにIR情報の開示によりESG投資を呼び込むことができ、長期的な企業価値の向上を実現しました
事例3:製品/サービスの革新に向けたデジタル・スレッド/デジタル・ツイン(大手自動車メーカー)
課題: 自動車という製品から得られるデータを、単なる製品改善に留まらず、新しい価値創出に活かす方法を見出すことが課題でした。製品のライフサイクル全体を通じて、データに基づいた革新的なサービスを生み出すことが求められていました
解決策: 車両から収集されるデータを活用するコネクティッドサービスを構築しました。これにより、車両の運転状況やセンサー情報をリアルタイムで分析するデータ基盤が確立されました
成果: 製品・サービスにおいて、運転状況を基にした安全運転アドバイスや、不具合の早期発見サービスが実現しました。さらに、社会貢献において、道路の劣化状態の把握や、災害時に通行可能な道路情報を共有するサービスを提供することで、社会インフラの改善にも貢献できました
製造業におけるデータ利活用は、もはや単なる選択肢ではなく、企業が持続的に成長するために不可欠です。まず、プロセス改善のためのD&Aや予知保全のためのIIoTといった、重要度が高く、既に導入が進んでいる領域に確実に投資することが重要です。
その上で、今回ご紹介した事例のように、持続可能性追跡のためのD&Aや製品/サービスの革新に向けたデジタル・スレッド/デジタル・ツインなど、未来の競争優位性を築くためのデータ利活用にも、計画的に着手していく必要があります。
データ利活用の導入には、データの散在や人材育成といった課題が伴いますが、目的を明確にしたうえでまずはスモールスタートで取り組み、小さな成功を積み重ねることが、DXを成功させる鍵となります。データに基づいた意思決定へのシフトこそが、ものづくりの未来を切り拓く重要なステップなのです。
図1,図2:Gartner®, e-book “製造業のテクノロジ投資戦略 - 同業他社の導入状況と成功要因を、今すぐチェック” (スマート・マニュファクチャリングを導く製造業のテクノロジ投資戦略” Kentaro Shikanai, 2025年8月11日 https://www.gartner.co.jp/ja/insights/technology-strategies-to-drive-smart-manufacturing
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