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データを新たな経営資源に変える、攻めのデータガバナンス

作成者: Michael|2025年10月26日

1.はじめに

現代のデジタル社会において、データは「新たな経営資源」として、人・モノ・金に並ぶ重要な位置を占めています。企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、持続的な企業価値向上を実現するためには、このデータを最大限に活用することが不可欠です。企業がデータを効果的かつ安全に活用するための全社的な取り組みである「データガバナンス」について、その定義、必要性、具体的な取り組み方を解説します。さらに、データガバナンスを実装した未来の企業と社会のためにこれから何をすべきか考察します。

 

2.データガバナンスとは

2.1 定義と目的

データガバナンスとは、企業や組織が保有するデータを、方針、プロセス、ルールに基づいて全社的に管理・保護し、その利活用による効果の最大化とリスクの最小化を目指すための枠組みです。これは、単なるデータ管理(データマネジメント)とは異なり、より経営的な視点から、データを企業の重要な資産として位置づけ、ステークホルダーへの説明責任を果たすための活動を指します。その最終的な目的は、データの利活用を通じて絶え間なく企業価値を向上させていくことにあります。

2.2 三権分立による理解

データガバナンスの役割は、国家統治における三権分立に例えることができます。

  • 立法(ルールの策定): データの取り扱いに関する全社的なルールや規約を定めます
  • 行政(ルールの実行): 定められたルールに基づき、具体的な施策を計画・実行し、現場に浸透させます
  • 司法(ルールの監視・改善): ルールが遵守されているかを監視し、現場の意見も取り入れながら継続的な改善を図ります

これら3つの機能が連携することで、データガバナンスは、組織全体のデータ管理を監督し、健全なデータ利活用を促進します。

 

3.なぜデータガバナンスが必要か

3.1 データガバナンス不在のリスク

データガバナンスが不在の状態では、組織は以下のような深刻なリスクに直面します。

  • データの無法地帯化: データが収集・蓄積されるだけで管理されずに放置され、データの所在が不明になったり、品質が劣化する恐れもあります
  • データ利活用のバラつき: 各部署が個別のルールでデータを管理するため、全社横断的なデータ活用が困難になり、データの価値を最大限に引き出せません
  • セキュリティ・コンプライアンスリスクの増大: データの不正利用や情報漏洩のリスクが高まります 。特に、国外のデータセンター活用や業務委託先の外国法人から個人情報へのアクセスが可能であった事例*など、グローバル化に伴うリスクも指摘されています 。法的規制に違反した場合、多額の賠償金や企業の信頼失墜につながる可能性があります

出典:
*総務省 令和4年 情報通信白書 第1部 特集 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~ 第2節 顕在化している課題への対応 2 データガバナンスへの対応の現状

3.2 国際的な動向とDX推進の要請

データの経済的価値が高まる一方で、その取り扱いに対する懸念も世界的に高まっています。EUの「データガバナンス法」、米国の「連邦データ戦略」、中国の「データセキュリティ法」など、各国でデータの適正な利活用に向けたルール整備が進んでいます。日本でも、これらの動向を踏まえ「包括的データ戦略」が閣議決定される*など、データガバナンスの重要性が増しています。

経済社会が変革する中、データを起点とした戦略は不可逆的な流れとなっており、DX経営による企業価値向上を目指す「デジタルガバナンス・コード」においても、データ連携とデータガバナンスに関する法令遵守が求められています**。

出典:
*総務省 令和4年 情報通信白書 第1部 特集 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~ 第2節 顕在化している課題への対応 2 データガバナンスへの対応の現状

**デジタル庁 データガバナンスガイドライン p.8 経営ビジョンと DX 戦略との連動

 

4.データガバナンスの取り組み方

データガバナンスの導入は、経営者の強いリーダーシップの下で、実装のフレームワークとなる4つの柱と以下の視点や導入ステップを意識して進めることが重要です。

4.1 経営者に求められる視点*

  • 経営ビジョンとの連動: データガバナンスを経営ビジョンやDX戦略と一体で推進します
  • 説明責任: 平時から株主や投資家に対してデータ活用の能力(データマチュリティ)を公表し、インシデント発生時には経営者自らが社会に対して説明責任を果たします
  • 体制の構築: CDO(最高データ責任者)を設置するなど、データを最大限利活用できる体制を構築します
  • 企業文化への定着と人材育成: データの価値とリスクを全社的に理解し、専門性の高い人材の育成・採用を進めます

出典:
*デジタル庁 データガバナンスガイドライン p.8-10 経営者に求められる視点

4.2 実装における4つの柱*

  • 越境データの現実に即した業務プロセス: グローバルな事業展開において、各国の法令や国際ルールへの遵守、越境移転のリスク評価と対策を講じた業務プロセスを構築します
  • データセキュリティ: 従来のシステム中心のセキュリティから、データを中心に据えた発想へ転換します。データのライフサイクル全体を通じて、アクセス制御や暗号化などの技術的対策と、ルールや契約を組み合わせた保護措置を実施します
  • データマチュリティ: 組織がデータを有効に使いこなす総合的な能力を指します。自社のマチュリティレベルを評価し、継続的なプロセス改善、人材育成などを通じて組織全体の能力を不断に向上させます
  • AIなどの先端技術の利活用に関する行動指針: AIの進化は企業に飛躍的な価値をもたらす一方、データ処理のブラックボックス化や個人情報保護などのリスクも伴います。技術の力を最大化し、悪影響を最小限に抑えるための方針と行動指針を策定し、随時見直します

出典:
*デジタル庁 データガバナンスガイドライン p.12-21 データガバナンス実装における4つの柱

4.3 導入の5ステップ

  1. 現状と課題の把握: 自社のデータマネジメントにおける問題点(データのサイロ化、品質問題など)を特定します

  2. 目的の明確化: 「効果の最大化」と「リスクの最小化」の観点から、データガバナンスによって達成したい具体的な目的を設定します

  3. 組織の設計: 目的に応じて、CDOの権限や責任範囲を定め、中央集権型、地方分権型、あるいはその両方を組み合わせたハイブリッド型の組織構造を設計します

  4. ガイドラインの作成と周知: データの取り扱いルール、役割分担、上記「4つの柱」に関する方針を具体的に定め、その意義を組織全体に共有し、企業文化として定着させます

  5. 実施と改善: 策定したガイドラインに基づいて体制を構築し、PDCAサイクルを回しながら、アジャイルに(俊敏に)継続的な改善を行います

 

5.データガバナンス実装の先に向けて*

データガバナンスの取り組みは、単なる「守り」の備えではありません。その最終的な目標は、データの相互運用性を向上させ、企業価値の向上サステナブルな社会の実現にあります。その実現のためには以下の2つに取り組んでいく必要があります。

  • 最新技術への対応とリテラシー向上: 分散型AIなど、データの共有・連携にパラダイムシフトをもたらす可能性のある最新技術動向に注意を払う必要があります。また、日本の強みである現場の創意工夫をデータ利活用で発揮するためにも、全社的なデータリテラシー教育が不可欠です

  • 社会課題解決への貢献: 人口減少が進む日本では、これまで競争領域とされてきた事業の収益性低下が課題となっています。自社内に留めていたデータを「協調領域」として他社や社会と共有・連携することで、社会全体で発生する無駄や非効率の解消、生活環境の改善に貢献し、ひいては自社のレピュテーション向上にも繋がります

このような企業の取り組みが、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会「Society 5.0」の実現に貢献するものと考えられます。

出典:
*デジタル庁 データガバナンスガイドライン p.24-25 データガバナンス実装の先に向けて

 

6.まとめ

データガバナンスは、もはや一部の先進企業だけのものではなく、デジタル時代を生き抜くすべての企業にとって取り組むべき重要な経営課題です。それは、国内外の法令やルールの変化に対応する「守り」の側面だけでなく、データを最大限に利活用して新たな価値を創出する攻めの経営を実現するための基盤となります。

経営者のリーダーシップの下、全社一丸となってデータガバナンスをアジャイルに実践し、組織のデータマチュリティを高めていくこと。それこそが、予測困難な時代において企業の持続的な成長を確かなものにし、より良い社会の実現に貢献する道筋となるでしょう。