立ちはだかる壁とは
夢物語のような実績を上げている世界的企業のデータ活用最先端の場では、これまでみてきたPVAOの各段階で立ちはだかる、さまざまな障壁が豊富な「ヒト」「モノ」「カネ」によって解決されています。別の面から指摘すれば、これらの企業ではデータを使うことが前提となって、データこそが最大の経営資源と位置づけてビジネスが構築されているので、データの生成から運用までが、高度に最適化されているともいえます。このおかげで、データ分析による魔法がじつにたやすく実現しているのです。しかし、何度も指摘しておかなければならないのは、世の中のビジネスの大半は現場のビジネスありき、データとシステムは後から生まれてきたものなのです。当然、分析のためには環境作りから初めなくてはならず、最先端企業とはまったく違った方法論が必要になります。
この方法論の重要なポイントは、データを扱う人間の問題をどう解決するかです。PVAOそれぞれの段階で問題が発生しますが、その多くは人間に起因しています。それは部門間のなわばり意識であったり、流行の最新技術への過信、分析すべき課題があいまいなままの見切り発車、表計算ソフトの限界への無理解など、現場で直面する問題は、それぞれがドラマのようですらあります。分析の専門家には、こうした人間の問題を解決するコミュニケーション能力や課題発見能力、交渉テクニックが不可欠とされるほど、データ分析はじつに人間くさい仕事という側面が確かにあります。
根拠なき期待
ここで人間の問題をいくつか指摘しておくと、まずは新しい技術やバズワードへの期待が挙げられます。2020年時点でいえば、人工知能(AI)、機会学習であり、ビッグデータは数年前のバズワードでした。いつの時代も最新の技術は定義があいまいであり、要素技術も発展途上なブラックボックスの状態でしかないのですが、それらが実現させた(ように見せられた)結果だけがマスコミで取り上げられるたびに、多くの人が期待を寄せてしまうのです。「自分が直面している問題は最新技術が解決してくれるはずだ」、と。現に「人工知能を使えば解決するだろう」という経営者の鶴の一声でプロジェクトがスタートするも右往左往ばかりの現場を何度も目撃してきました。これを「ブラックボックス問題」と名付けてもいいでしょう。人工知能を「コンピュータが意思を持つ」と表現されることがありますが、人工知能は人間のように「あれをしたい」「これが欲しい」という意思は持ちえません。人工知能とは学習や認識、推論といった人間の知的活動をコンピュータ上で再現する技術の総称であり、これらを高度に組み合わせて、あたかも意思を持ったように振る舞えることを目標に技術開発が進められているものだと、本来は理解しておく必要があります。しかし、特に技術に明るくない経営者のなかには人工知能を、万能のブラックボックスとしてとらえる人が出てきています。夢の技術を問題解決の最終手段とでも考えてしまうのです。仮に人工知能が本当に夢の技術だったとしても、では解決すべき問題は何なのか、人工知能に何を教えるのか、分析をどうするのかがわかっていない限り、効果は望めません。問題の本質は「問題は何か」であって、最新の技術は解決のツールにすぎない。問題は人間にしか見つけられないにもかかわらず、最新の技術に期待をかけてしまう構造は、時代が変わっても変わらないのです。
統計に対する間違った期待も現場を混乱させる原因となります。先に統計には「記述統計」と「推測統計」があると紹介しましたが、少ないサンプルから全体像を描き出し、将来の傾向を推測してみせる推測統計は、統計の力を実力以上に見せてしまうことがあります。普通に計算した結果であるにもかかわらず、あたかも裏側に高度な知能があるように考えて、でてきた数値を神の啓示のように重視してしまうのです。特にビッグデータの場合、サンプリングは必ずしも必要はありません。全数調査ができるので、そこから導き出す記述統計の方が確度が高いのですが、推測統計への中途半端な理解から記述統計が軽視されることも少なくないのです。